南スマトラの民俗と自然を訪ねる旅 (2016年8月)
問い合わせは寺木さんへ n-teraki@suvt.zaq.ne.jp
皆さん、いかがお過ごしですか。今年もインドネシア旅行の季節が近づいてきました。夏家族の皆さんと再会できるかと思うと、私などはそれだけで胸が高鳴り、うきうきした気分になります。
昨年の訪問地は、アンボン島とセラム島でした。アンボンでは海岸で沖浦先生の散骨式を行ないました。先生はこよなくインドネシアを愛され、南太平洋の小さな島で生まれ変わりたいとつねづねおっしゃっていましたので、先生のご遺志のほんの一部ですが、我々の手で実現できたのではないかと思っています。
これもまた沖浦先生の専門分野のひとつだったのですが、アンボンでザビエルの足跡を訪ねて山の上の教会に行きました。ザビエルの像と、ガイドさんたちが即席のコーラスで歌ってくれた讃美歌がとても印象的でしたね。
さらにとなりのセラム島にも足を延ばし、ほとんど手つかずの大自然を堪能しました。水上ホテルでの宿泊、エメラルドグリーンの海で泳いだことも楽しい思い出となっています。
今年は南スマトラのパレンバンを中心に観光します。数年前には北スマトラのトバ湖とニアス島に行きましたが、今回の目的地は、沖浦ツアーの訪問地としては初めてです。どのようなところで、どのような出会いがあるか今から楽しみです。
わかった範囲で訪問先の案内をいたします。
パレンバン
今年の行き先は南スマトラのパレンバンを中心とした地域です。この地は日本人には、第2次大戦の初期に、陸軍の落下傘部隊が降下して油田と精油所などを制圧したところとして記憶されています。数年前に訪れたボルネオの油田地帯、バリクパパンにも日本軍が侵攻した跡が残っていましたが、結局のところ、日本の軍部はインドネシア(当時は蘭印と言いました)の石油資源を当てにして戦争に突き進んでいったことがわかります。
パレンバンは750kmの大河、ムシ川の両岸に広がった、スマトラ島でメダンに次ぐ第2の、人口170万人を数える大都市です。河口から80kmもさかのぼったところに位置しているにもかかわらず、石油、ゴム、胡椒、パイナップルなどの積み出し港として発展しました。
パレンバンは7~12世紀ごろ、スリヴィジャヤ王国の首都でした。はるばる中国からも商人たちがやってきて、貿易の拠点として繁栄しました。現在はほとんどの住民がイスラム教徒の都市ですが、7世紀ごろには仏教が栄え、中国からも僧侶たちがやってきてサンスクリット語の経典を学び、翻訳したと言われています。しかし残念なことに当時の建物や彫刻などは戦乱で破壊されて残っていません。
この街は、ムシ川をまたぐ形で両岸に広がっています。両側を街のシンボルともなっているアンペラ橋がつないでいます。川岸には水上家屋が並び、橋の近くでは水上マーケットが食料や日用品を売っています。街の中には17世紀に建てられた高い壁の砦(Kuto Besak)があり、現在ではインドネシア陸軍の駐屯地も兼ねています。
ムシ川の中央にケマロ島があり、中国様式の壮大な仏教寺院(Hok Cing Bio、1962年建立)が建っています。
パガララム
この地には、約3,000年前につくられたとされる巨大な石碑が点在しています。これをつくった文明については、残念ながらほとんど解明されていません。
ベンクル
ベンクルはスマトラの南西海岸に位置し、インド洋に525kmの海岸線をもつ州です。州の中心はベンクル市です。最初にこの地を訪れた西洋人はポルトガル人で、そのあとオランダ人がやって来ました(1596)。またイギリス人もこの地にやって来て、イギリス東インド会社が胡椒貿易センターをつくり、1714年には壮大なマルボロー砦を築きました。ここはマラッカと交換でオランダに割譲されるまで、140年もの間イギリスの支配下にあったのです。
マルボロー砦は壁がレンガでつくられており、2000年の大地震、2007年のマグニチュード7.3の大地震と津波にもビクともしませんでした。
ベンクル州は金、石炭、地熱などの天然資源に恵まれていますが、スマトラの他の州に比べてあまり開発は進んでいません。そのためこの地を訪れる旅行者は多くありません。州の大部分は熱帯雨林が占めており、野生の虎や象が生息しています。ある意味で沖浦ツアーらしい訪問地と言えます。
スカルノの家
インドネシアは、1949年オランダから独立しました。初代大統領に選出されたのは、独立運動を担い、独立宣言を行なったスカルノでした。彼は1930年代初頭、オランダ当局に逮捕されて流刑になり、短期間ですがベンクルに滞在していたことがあります。この地で彼は後に第1夫人(皆さんは第3夫人がだれかはご存知ですね)となる女性、ファトマワティさんに出会いました。2人の間に5人の子どもが生まれましたが、長女がメガワティさんで、後にインドネシア最初の女性大統領(在職01.6~04.10)となられた方です。
今年も例年通り國井バーは健在です。この旅の楽しみは、第1に豊かな自然、第2に人なつこくて人情味あふれる現地の人たち、そして第3に(人によってはこれが第1かもしれません)夜お酒を飲みながらわいわいがやがややることですね。1年間の溜まりにたまった話を十分に吐き出していただけたらと思っています。
いつも旅の最後のころには飲み物やおつまみ足りなくなりますので、皆さんのスーツケースに焼酎やいかの燻製などを入れてきていただけたら幸いです。
それでは夏家族の皆さん、インドネシアで会いましょう。
文責 國井哲義
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